(2)植物・手賀沼の水生植物

  
「伝えよう 手賀沼を」 第2集 ページ 16〜19 を掲載したものです。


 手賀沼の水生植物の変遷

(1)明治期における水生植物

(2)干拓前の水生植物

(3)干拓以後の水生植物

 現在手賀沼に見られる水生植物と、
   
絶滅した植物と、その復活

(1) 現在手賀沼から姿を消した水生植物

(2) 絶滅した水草の復活

 水生植物の役割









  手賀沼の水生植物の変遷


 (1)明治期における水生植物

明治後期における水生植物の群落調査は、我孫子市中里出身の植物学者中野治房教授によるものが最初とされています。それによりますと、次の五つに分けられます。

      @ヒルムシロ帯  (水深1.6m〜2.0m) に   17種、

      Aマコモ帯     (水深平均1.7m)  に    4種、

      Bガマ帯      (水深1.0m)     に    9種、

      Cヨシ帯       (水辺)         に    4種

   の計34種のほかに、

      Dオモダカ帯    (水田・小川)         31種

 で、計65種を確認したといわれています。


 一方『我孫子の史跡を訪ねる』我孫子市教育委員会刊によりますと、大滝末男氏が、1946(昭和21)年以前の手賀沼の水生植物について次のように記録しています。

 《クロモ・コウガイモ・セキショウモ・センニンモ・ササバモ・ガシャモク・ヒロハノエビモ・ミズヒキモ・イバラモ・トリゲモ・ホッスモ・マツモ・ミズオオバコ・ヒシ・ヒメビシ・トチカガミ・アサザ・ホザキノフサモ・コナギ・オモダカ・ミズアオイ・コウホネ・ヒメガマ・コガモ・マコモ・フトイ・テガヌマフラスコモ・コガマ》です。

 後、1948(昭和23)年には、宝月欣二氏が、更に詳細な調査を行ないました。それによりますと、

   @クロモ帯に22種、

   Aヨシ帯に7種、

   Bヨシ帯の外側に13種、

   C水田に6種


 で、合計48種が確認されています。1998(平成10)年の夏、手賀沼から利根川に流れる手賀川の水辺でガシャモクが再発見されました。

 で、合計48種が確認されています。1998(平成10)年の夏、手賀沼から利根川に流れる手賀川の水辺でガシャモクが再発見されました。

 ガシャモクはかつて日本の湖沼や河川のどこにも生育していた沈水植物です。先の『我孫子の史跡を訪ねる』には、1961(昭和36)年に沈水植物の減少が始まり、1974(昭和49)年絶滅と記されています。また、浅間茂氏の1986(昭和61)年の調査によれば1973(昭和48)年にセキショウモを最後に沈水植物が絶滅とあります。この頃沈水植物が絶滅したと考えるのが妥当のようです。一方、浮葉植物は浅間氏によれば、汚濁に強いヒシ類を最後に1978(昭和53)年絶滅しました。

 昔の手賀沼にはガシャモクやササバモといった沈水植物が豊富な沼でした。近在の農家は水草藻の多種多様さに目を向け、秋に収穫した稲藁とこの水草藻を交互に積み重ね堆肥を作りました。乾燥した稲藁に水分と数々のミネラルや酵素を含む水草藻の混合で理想的な有機質堆肥ができ、農家にとって無くてはならない植物の一つでした。有機質堆肥作りの歴史は長く続きましたが、今は昔の語り草となってしまいました。


 (2)干拓前の水生植物

 沼の干拓の歴史は古く、1656(明暦2)年から始まっています。1940〜1942(昭和15〜17)年に水草の生態調査が行われましたが、明治時期から干拓前まで、水生植物には大きな変化はなかったと報告があります。


 (3)干拓以後の水生植物

 戦後の食料不足を補うために、緊急直轄国営事業として実施されました工事は、排水、干拓、土地改良で1946(昭和21)年着工し、1968(昭和43)年に完成しました。その結果、沼の浅瀬で最も水草が繁茂していた東方529haが陸化しました。これは沼面積の半分弱です。生育面積の減少だけでなく、工事による機械的な壊滅作用やヘドロや微粒子びりゅうしの影響、農地の肥料として沼底の腐食土壌の掘削などで、水草は大きな影響を受けました。生物は自然の影響を受けながらも、時間とともに回復したり、その環境に対応した生物が出現してきます。

 しかし、工事完了と同時に沼の水質は急激に悪化しはじめました。一方、1960(昭和35)年後半からの流域の開発⇒『1957(昭和32)年に光ヶ丘団地、1964(昭和39)年に豊四季団地ができる』⇒による生活排水は水質を悪化させ水草に大きな打撃を与えました。特に1972(昭和47)年にはアオコが大発生し沼は緑のペンキで塗られたようになりました。アオコの発生は1965(昭和40)年頃からのようです。

 このように汚れた沼の水草の変遷を調べ続けてきたのは東飾高等学校生物部でした。その中で沼の中心にある手賀沼大橋の上流部にあたる上沼における水平・垂直分布などについての調査は、非常に貴重な資料となっています。

 沼の中央部は浅く、以前は沈水植物が繁茂していましたが、1961(昭和36)年頃から減少傾向になり、コウガイモ・セキショウモのみとなりました。また、水質悪化や、透明度の低下は、沼底を無酸素状態にし、種子の発芽にも大きな影響を与え、先に記したように汚濁(おだく)に強いヒシ類まで絶滅してしまいました。現在、沼の中では沈水植物を見ることはできませんが、沼の周辺では沈水植物が出現し始めました。



 現在手賀沼に見られる水生植物と、絶滅した植物と、その復活


 
現在、沼に最も多い水生植物は、※マコモ・※ヨシ(アシ)・※ヒメガマ・ホテイアオイ・ガシャモク・ヒメウキクサ・マツモ・ハス(※印は最も多く見られる抽水植物)です。帰化植物のキショウブも少し見られます。

 ・ ホテイアオイ ⇒ 手賀沼に流入する生活系排水中のチッソ・リンを吸収除去するために1981(昭和56)年に植栽されために1981(昭和56)年に植栽されたものが、網の覆おおいから流れ出て、岸辺に打ち寄せられています。水温5℃以下では枯死してしまいますが、植栽以前にも僅わずかながら生息が確認されています。

 ・ ガシャモク ⇒ 『水の館』建設中に工事現場の水たまりから、1989(昭和64)年にササバモ・コウガイモ・フラスコモとともに、1990(平成2)年には別の場所でガシャモク・ササバモ・コウガイモ・ミズオオバコが見つかりました。しかし、この水たまりは発見した年に残念ながら消失してしまいました。

 ・ ヒメウキクサ ⇒ 沼への流入河川や岸辺の水たまりなどの、比較的水の動きが少ない所に生息しています。 

 ・ ハス ⇒ 農家で栽培していた中国ハスが野生化し大群発生となり、1975(昭和50)年頃から目立つようになりました。


 (1) 現在手賀沼から姿を消した水生植物

    クロモ   コウガイモ  セキショウモ
    センニンモ   ササバモ  ヒルムシロ
    エビモ   ヒロハノエビモ  イバラモ
    ホリバミズヒキ   トリゲモ  ホッスモ 
    ミズオオバコ   ヒシ  ヒメビシ
    トチカガミ   アサザ  コナギ
    ホザキノフサモ    ミズアオイ   オモダカ
    コウボネ   コガマ  フトイ
                                        


 (2) 絶滅した水草の復活

 
先に、1989(昭和64)年に『水の館』の工事現場の水たまりから抽水植物が発見されましたが、後、水たまりは消失しましたが、1997(平成9)年、館に依頼して、敷地内に池を掘ってもらい、そのまま放置しておいた結果、コウガイモ・セキショウモ・ササバモ・ミズオオバコが出現し、1998(平成10)年にはガシャモクも確認できました。更に下流にあたる遊歩道脇に1999(平成11)年に県によって『自然を生かした浄化施設』が建設され、そこの一部の池にはコウガイモ・ガシャモク・ミズオオバコが出現しました。


 このように、広範囲にわたって水生植物が出現したのは、沼から利根川に通じる手賀川の工事現場跡からでした。手賀川の堤防工事は1996(平成8)年に始まり、1997(平成9)年に新堤防と旧堤防の間に水がたまり、水草が出現しました。旧堤防が取り壊しになれば、この場所の水草は消失するため、1998(平成10)年7月20日千葉県生物学会によって、この水生植物の調査が実施されました。その結果は次の通りです。

 1997(平成9)年 ⇒ 水道橋下流の水域にインバモ・ガシャモクなどが見られましたが、1998(平成10)年⇒ホザキノフサモだけでした。水道橋上流2か所では水域10mごとの水生植物の被度を、それぞれ36か所、13か所の調査区では、ヒメガマ・ウキヤガラ・ヨシのように周辺地域に見られる種だけでなく、ガシャモク・クロモ・ササバモ・コウガイモ・フラスコモ・シャジクモ・オオトリゲモといった多様な沈水植物が広く見られました。

 いずれの事例も、人工的に掘削されてできた水域に、土中に埋蔵されていたこれらの種子が発芽して群落になったと思われます。干拓時に沼底の泥が浚渫しゅんせつされた際、その中に当時繁殖していた水生植物の種子が含まれていたようです。掘り削られた場所に雨水がたまり、発芽条件を満たされ、地中に眠っていた種子が刺激されて、沼で絶滅した水生植物が復活したのです。長い眠りから覚めたガシャモクは、多くの研究者を驚かせ、植物の生命力の逞(たくまし)さ、適応力の素晴らしさを多くの人々に伝えました。

 しかし、多様な沈水植物が繁茂した良好な状態を維持するのは難しいことです。1998(平成10)年に手賀川沿いに生育していたササバモ・ガシャモクは翌年には姿を消してしまいました。



 水生植物の役割

 沼における水生植物の役割は、景観および沼に生息する生物の保護、また水質浄化の働きなどいろいろあります。

 ガシャモク、ササバモ等が繁茂し、プランクトンを食するミジンコやワムシなどの数が多くなれば、透明度の高い、きれいな水の沼になります。特にガシャモクは生息する魚たちにとっても最も頼りになる存在でした。産卵場所を提供し、餌になるプランクトンなども付着し、魚たちが、安心して暮らせる場所でした。また、ガシャモクは同化作用を活発に行い良い水質を作ります。

 現在、手賀沼には利根川から大量に水を引いて汚れを薄める〔水増し作戦〕が実施されており、その効果が2001(平成13)年に現れ、この年の手賀沼のCOD(科学的酸素要求量)は 1リットルあたり10mgで27年連続したワーストワンから逃れました。